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今回は、特集記事として「Art Touch」プロジェクトに参画している画家 栗原由子氏を深く掘り下げます。
海外生活で培われた多文化的な感性、アーティストとしての素顔、傷や虫食いにさえ美しさを見出す独自の哲学。なぜ私たちは栗原氏のアートに惹かれたのか。そして、「Art Touch」という新たなプロダクトが誕生するまで、どのような対話と挑戦があったのか。
2025年11月某日、海外の文具ファンへ広い影響力を持つ「bungu」の南柊介氏をインタビュアーに迎え、栗原氏と「Art Touch」プロデューサーの髙橋で赤裸々に語ったそのダイジェスト版をお届けします。全編は「bungu」のYouTubeチャンネルで後日公開予定です。ぜひあわせてお楽しみください。
Part 1: アーティスト – 栗原由子の視点 (Philosophy)
言葉の壁を超えた美術の力
日本で生まれ育った栗原氏は、お父様の仕事の関係でシンガポール、アメリカと、多感な時期を海外で過ごしてきました。とりわけ高校時代を過ごしたアメリカでは、現地の学校で言葉の壁に直面し、毎日生きるので精一杯だったと振り返ります。そんな彼女に自分の居場所作りのきっかけを与えてくれたのが美術の授業でした。
【Artist’s Voice】「美術は、言葉がいらないとも言えます。授業の課題に取り組んでいると、友達が話しかけてきて私の絵を褒めてくれました。そうすると、こちらの気持ちもだんだんほぐれて、自分の居場所ができたような感覚になりました」
また、アメリカの美術教育は、技術的な巧拙を追求する日本とは異なり、発想の自由さや色使いの面白さを重視し、個々の能力を伸ばすスタイルでした。この体験が、栗原氏の「アートは国境や年齢、性別を超える」という現在の哲学の礎となっています。
〇 『蟠桃(ばんとう)』
桃はアジアでは縁起物として知られているため、アジアの世界観を表現するために遊印柄の和紙を使用。紙のユニークさと桃の愛らしさが絶妙なバランスで響き合っています。
〇 『二十世紀』
その壮大な名前からインスパイアされ、まるで宇宙に梨が浮かんでいるようなイメージで描かれた作品。「岩絵具」が持つ独特の光沢感により星空の輝きが美しく表現されています。
※「岩絵具」について
天然の鉱物を砕いて粉状にしたもの。にかわ液を垂らして、指で練り合わせることによって絵具として使用できる状態になります。マットな質感ですが、光の当たり方によっては粒子が深みのある輝きを見せる、日本画を語るうえで欠かせない画材です。
「傷」や「虫食い」に宿る美
海外生活が長かったゆえに日本への憧れを抱いていた栗原氏は、進学先の筑波大学で日本画と出会います。
「日本画というと、歴史画や花鳥風月のイメージでしたが、いざ始めてみるとすごくモダンな表現もできる。画材である岩絵具は、鉱石や貝を砕いたものだから粒子もさまざま。光の加減でキラキラして見えたり、重ねて出てくる色味がすごく複雑で、自分らしい表現を生み出すことができました」
栗原氏が選ぶモチーフは、植物、野菜、動物、海の幸など、身近で多岐にわたるものです。また、題材選定において、その目には常に不完全なものに対する愛情が宿っています。
【Artist’s Voice】「すごくきれいな状態のものはもちろん魅力的です。一方で傷や虫食いなどはマイナス面で捉えられがちですが、そんなことないよ、こんなきれいな色、形が存在しているよ、というのを皆さんに知ってほしくてあえて描くというところがあります。それによって、一つの個体の中にいろんな時間の経過を感じられ、絵自体は止まったものではあるんですけれど、動きを表現できる要素になるのかなと」
さらに、栗原氏は日本画の魅力を「もともとは、インテリアから派生した技法なのではないか」と分析します。お寺の襖絵や屏風、掛け軸のように、空間を彩るために存在するからこそ、ただ写実的に描くのではなく、デザイン的な側面を強めながら、ときには美しさをあえて削いで完成させていくといったアプローチの面白さに強く惹かれていったとのことです。
〇 『ドクダミ』
敬遠されがちな植物だけど、よく見ると葉の色や形には個性があり、花も独特でチャーミングな一面を持っているということを多くの方に知ってほしいと願って描かれた、栗原氏にとって思い入れが深い作品の一つ。
Part 2: プロダクト – 「Art Touch」の挑戦 (Concept)
アートを暮らしの「感触」へ
私たちタッチアンドフローが、なぜ栗原氏のアートに惹かれたのか。それは「Art Touch」のコンセプトと深く結びついています。プロデューサーの髙橋は、アートは癒しや心を豊かにする重要な要素となってきた今、「単なる複製画ではなく、オリジナリティーがありながらもお部屋の模様替えで気軽に変えられるくらい身近なインテリアとして楽しめるアートを作りたい」という想いが生まれたと語ります。 この想いを結集させたシリーズ第一弾として、身近な植物や食べ物をモチーフとして独自の感性で表現している栗原氏の作品なら、必ず素晴らしいものになると直感で感じたとのことでした。
【Producer’s Voice】「メモとか、便箋のずっと先の高いところに、「Art Touch」という紙製品/アートが存在するという発想です。私たちはこれを”究極の紙製品”と位置付け、アートを飾るものからより身近で暮らしに溶け込み、触れる(Touch)ものへと変えていく挑戦と捉えています」
〇 『Oysters』
複雑な色彩を表現しながら透明な樹脂で牡蠣のぷっくりした立体感を出し、原画の魅力を触覚で楽しめるようにしました。ちょっとしたスペースでも華やかな印象に。
Part 3: 共創 – 「輝き」に「触れる」まで (Collaboration)
プロデューサーの挑戦:輝きへの「翻訳」
髙橋が栗原氏の原画を初めて見た時、何よりも心を奪われたのがその輝きでした。岩絵具は物質そのものが光を帯びていますが、栗原氏の作品は何にも増してその輝きが大きな特徴であり、これをなんとか私たちなりに表現してみたいと渇望しました。そして、栗原氏はこの挑戦を二つ返事で快諾してくれました。画家として独立する前、グラフィックデザイナーとして長く勤めていたこともあり、特殊印刷に憧れがあったそうです。
最大の課題は、この岩絵具特有の輝きをどう紙に落とし込むか。通常の印刷ではインクが紙に沈み、色がくすんでしまいます。それは、栗原氏の作品にとってはマイナスでしかありません。挑戦は、まず色が沈み込まない紙選定から始まり、最適な印刷技術、さらに原画の魅力を拡張するため、加飾を施しました。
【Artist’s Voice】「日本画の画材は質感に特徴があるものの、原画はなかなか触って感じることはできないものですが、「Art Touch」であれば見るだけでなく触れて楽しむこともできるのが面白く、また、光の感じなど、原画とはちょっと違った表現ができた部分があったりして、それがうれしかったです。」
〇 『翡翠かぼちゃ』
髙橋は、栗原氏が枯れたところに美しさを見出すという哲学に着目。原画で茶色や黄色で描かれていた「茎が枯れて絞られていく部分」を、あえて金の加飾で拾い上げ、作品に新たな解釈を加えました。
〇 『紅い蕪』
背景全面にちりめん加工されたような質感のある金を使用。「見ている自分が映るぐらいのキラッとした金!」と栗原氏が驚くように、見る角度や時間帯によって印象が変わり、モチーフをぐっと引き立てています。
Part 4: 未来へ
【Artist’s Voice】「(自分の作品が)世界中のどの人が見ても、ちょっと自分のことのように感じて見ていただけるような、境界がなく共感ができる、そういう作品を将来的に作りたいです。寂しい気持ちを癒したり、楽しい気持ちに導いたり、ふわっと見る人の中に入り込んでいくような作品です」
【Producer’s Vision】「アートは心を華やかにしたり、安らげてくれたりするもの。「Art Touch」が、人間の中に本質的にある「アートを楽しむ」「アートを描きたい」という思いを触発し、多くの方の日常を豊かにするものになっていければうれしいです」
インタビューの最後に、栗原氏は今後の夢として海外での個展と「子どもたちが自由に往来して制作できる工房みたいなものを作れたら」と語ってくれました。それはまさに、栗原氏が人生を通じて体験してきたアートで越える文化や言語の壁、不完全な存在への愛情を体現するものでした。
栗原氏の深い洞察と髙橋プロデューサーの技術と情熱が重なり合い、「Art Touch」は生まれました。それは単なる印刷物ではなく、原画に込められた息吹と、それを拡張するデザインと印刷の力が加わった、新しいアートの体験です。
ぜひお手元で、原画の息吹と、加飾によって拡張された新たな輝きを感じてみてください。
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